自閉症児と共に生きる

知的ハンディキャップのある自閉症児との味わい深い人生

先輩との交流会(という名の飲み会)はパワーをチャージする場であるとしみじみ感じた夜

 

小学校に入って、区の支援級に通う先輩方が結成している親の会に入ったのだが、

この親の会の人達との新年会&総会に行ってきた。

 

少し上の中学生、高校生、成人した親御さんが集まるので、これからの息子の進路を考える上で参考になる話ばかりが聞ける場なので本当に助かっている。

勉強会も定期的に行っていて、広く社会へ出た時にどんな力をつけておくといいのか、

リアルなモデル達からいろいろと情報を得ることができる。

 

成人してビル清掃の仕事に就いたという息子さんを持つお母さんからは、

「小学生の後半になると多動も落ち着いて本当に楽になる」という話を聞いて少し気持ちが楽になった。

 

何故なら、多動&暴言&声出しが「今ココ」の我が息子だからだ。

そんな日が来るのかな(遠い目)という状態ではあるものの、どんな子どもでも成長するという先輩の言葉を信じて日々頑張ろうと思えた。

 

あとは、20歳になる大きな節目が「障害者年金」取得なのだけど、そのために今から必要なことという話がしみじみ参考になった。

 

「長年にわたって心身の発達を見てくれ、20歳時点での診断書を書いてくれる主治医を見つけておいたほうがよい」という話だ。

 

我が家は息子の主治医というのがいない。

知的遅れと自閉は病気ではないので、医者に見てもらったところで薬で治る話ではないし、療育で対処しておけばよしとして主治医を真剣に探してこなかった。

やっぱり20歳時点の申請の時に必要なんだ…と思って、改めてじっくり探そうと思った。月曜日に近所の児童精神科に初診で行ってくる予定だ。

 

そして何より、先輩方は明るく、優しく、賢く、温かい人達ばかりだ。

息子との出会いがなければ、こうした先輩方との出会いもなかった。

改めて、先輩方との出会いに感謝するとともに、私も今悩んで苦しんでいる人が

いたら、自らの経験談ではあるが何かの形で還元していけるようにならないといかんなと、しみじみ思った夜だった。

 

 

 

 

練習してもやっぱり歯医者は苦手なり

 

 

月イチの息子の歯科検診へ。

息子に朝「今日はママが小学校へお迎えに行くからね」と伝えると、

「学童ないの?デイサービスないの?」と矢継ぎ早に聞いてきたと思ったら、

「歯医者さん行くの?」と確認してきた(汗)。

こういうところは妙に感が鋭いというか察する力があるというかよく覚えている。

 

朝からパニックになられると困るなーと思ったので、適当にごまかして学校へ送り出した。

午後に学校へ迎えに行くと満面の笑みで嬉しそうだったものの、少しすると

「歯医者さん行かない?」と。

 

さすがにごまかしてダマで連れていくわけにはいかず、

「歯医者さん行くけど、お掃除するだけだよ。頑張ったらママと遊んで帰ろう」

と励まして連れていった。

 

息子は聴覚過敏でもあるので、歯医者の機器の音(特に治療する際のあの音)がとにかく苦手だ。歯医者さんへ着くともう顔がこわばっていて、ひたすら「治療じゃないよ。お掃除するだけだから」と励ました。

 

我が家が通っているのは、障害者向けの口腔センターなので、子どもから成人まで障害のある方がご家族と来ている。

器具・設備がすごい整ってるなーと思う。

以前、「暴れる患者はネットにくるんで大人が羽交い絞めにして治療する」と聞いたことがあって。昔はネットだったのかもしれないけれど、今は暴れても、少し重さのある「おくるみ」的なものを着て動けないようにするみたいだ。

 

もっと驚いたのは、歯のレントゲン撮影器具。

市販のインスタントカメラのように小型で手に持って、局部を撮影できるようになっている(撮影する人と先生、息子は防護用のマントを装着)。

 

息子は以前病院でレントゲンを撮影する際にパニックになり(診察助手の人が無理矢理撮影しようとしたことをきっかけに)、レントゲンには大抵抗するのだけど、この器具ではスムーズに撮影できた。

 

撮影の結果、息子は先天的に歯の本数が1本少ない人だということが判明。

これから定期的に口腔センターへ通いながら、慣れてきたら矯正もできるようになるでしょうとのこと。

 

次回は来月。

仕事も早めに切り上げて連れていかなくちゃいけないので、結構大変。

息子も昔に比べたらだいぶ乱れなくなってきたけれど、まだ怖いといってジタバタすることもある(そしてその時の力が結構強い)。

でも、最後は何とか勇気を振り絞って(という言葉がぴったりな感じで、診察台に寝転ぶw)頑張る息子の姿を見ると、律儀な性格だなーと、我が子ながら思うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

あんみつ屋でリベンジ&おみくじ(母)

バスで上野へ。

上野には「みはし」というおいしいあんみつ屋さんがあるのだけど、

我が家にとっては少しほろ苦い思い出がある。

 

息子が5歳ぐらいだった頃だと思う。

ふらりと入ったみはしで、何かのきっかけでパニックになり、奇声を発し、

イスもガタガタと蹴って鳴らし、他のお客さんに睨まれ(「ちっ」と舌打もされたっけな)、慌てて店を出た。

 

店の外でも息子のパニッは治らず、通行人からの突き刺さるような視線を受けながら必死で息子をなだめ、ぐったり疲れて帰宅したのだった。

 

それ以来、みはしには近づいていなかったのだけど、今日は人が少ない時間帯だったこともあって、2年ぶりに入ってみることに。

今日は大きな声を出すこともなく、静かに食べることができた。

ずいぶんと成長したもんだなと、感慨深い気持ちになった。

 

一般的には静かにするのなんて当たり前な年齢(7歳)だけど、我が家の息子の認知レベルは4歳程度。頑張ってるよなぁとしみじみと。

 

「あの時はできなかった」というだけで、時が経てばできるようになることもあるのだな。だったら、一度できなかったとしても諦めないこと。できると信じて準備をしながらタイミングを待つことも、時に大事なのかもしれない。

たかだかあんみつ屋で静かに過ごせただけで大げさな話だけれども(笑)、みはしリベンジから息子が教えてくれたことだ。

 

帰宅途中に近所の神社でおみくじを買った

「大吉」だった! 

 神の教えにはこう書いてあった。

「七転び八起き。倒れても起き上がり、ころんでも立ち上がり、力をおとさず、希望をすてず…」

 

一筋縄ではいかない子育ても今年で8年目に入る。日々転んでばかりのような毎日でも積上っているものがあると信じて、できる限り前向きに進んでいきたいものだ。

 

 

 

 

自閉っ子2学期を無事乗り越える

そういえば昨年の今ごろは就学相談で支援学校判定が出て、年明けにまた委員会で話をしましょうということになり、あまり明るい気持ちで年越しできなかったな。

 

今年はというと、息子がクリスマスにインフルエンザになり、療育のウインタープログラムへ通う予定がキャンセルになったのだった(半額返ってきたけど、お金が。涙)

 

ついでに、旦那もインフルになり、パンデミックか!と戦々恐々していたものだけど、なぜか私は無事で。クリスマス、年末ともにとても静かに過ごしたのだった。

 

前回ブログを更新したのが夏休みが終わったばかり。

10月から私も仕事内容が変わり、仕事に集中して取り組んでいたので、ブログをゆっくり書く気持ちのゆとりがなかった…。

今年は息子の成長記録兼私のストレス発散のために継続していこう!

 

ちょっと振り返ると、

2学期は運動会に学習発表会に月1回の学校公開等、本当に行事が多くて息子にとっても見通しが立たない日が多くて疲れただろうに、それでも頑張り抜けたのはすごい!

 

4月の入学時に比べたら、言葉も本当に増えてきており、学童の先生からも「他の子どもよりも我が家の息子が一番伸びている」と言ってくださるほど。

小学校1年は、どの子もぐーんと伸びる時期ではあるのに、先生がそう言ってくださることでずいぶん勇気をもらえた。

 

息子ともずいぶん双方向な会話のやり取りというのができるようになってきていて、こちらも会話をするのが楽しい。

文字の読み書きは依然課題だらけなのだけど、彼の認知レベルを鑑みるとまぁそんなもんだろうという感じ。

20歳までにあと13年ぐらいかけて(笑)、日常生活に必要な読み書きを身につけさせようと思っている。

 

それよりも、泣いている子を見たら「大丈夫?」と声をかけることができたり、自分の思うように事が進まなくてもかんしゃく出さずに我慢ができるとか、そういった「心」が育っていることが大事だと自分に言い聞かせている。

 

小学校1年生も残すところあと数ヶ月。

小学校入学前までの道のりは果てしなく遠くに感じたけれど、入ってみると本当にあっという間。

息子が青年になるまでの一日、一日を大切に過ごしたいと思う。

 

2学期突入!そして1年前の自分に伝えたいこと

あっという間に夏休みが終わり、2学期に入った。

…のが、かれこれ1ヶ月前だ。

それだけ怒濤だった。

だって、9月になるとすぐに9月末に開催される運動会の練習の日々に入った。

 

毎日全校練習だの、徒競走の練習だのにかり出され、息子も毎日相当疲れていそうだったから、家では徹底的にのんびりさせることにした。

もうドラえもんクレヨンしんちゃん等彼の大好きなアニメをだいぶ見せてた。

だって、学校ですんごい頑張ってるからね。通常の子以上に。

「目の下にクマ」が何よりの証拠。

毎日21時前には寝かせているのに…。

 

それだから、きっと定型発達の子には何ともない刺激をたっくさん受けて、ヘットヘトなんだろうと思って、これ以上の負担をかけたくなかった。

で、迎えた運動会当日。

 

それはそれは、胸アツの結果になったので、また別のところでじっくりと書くとして。

 

そういえば、1年前は就学相談のことで、心底悩み、しんどい思いをして、何度も泣いていて、到底明るい気持ちにはなれなかったことを思い出す。

 

そんな自分に声をかけたいと思うのは、こんなことだ。

 

「子どもにとって必要な支援を受けられるかどうか、そこは誰もが気になるところ。そして、どんな環境(我が家の場合、支援学級か支援学校か)を選んでも、そこは常に学校や先生に要望し続けなければいけないことだと思う(なので、どこを選んだから安パイというのはないぞという意味)。

 

支援学校か支援学級か、どちらかを選んだ時、必ず「トレードオフ」というのが発生する。例えばそれは、支援学校を選んだ場合は、通常発達の人達との交流が断絶されるということがそうだし、支援学級を選んだら、(より)手厚いフォローアップを受けられないがそれにあたる。

(どちらを選んだとしても、足りない側面に関するフォローアップが必要だよ)

 

だから、どちら(支援学校か支援学級か)を選んだとしても、いいよ!と私は思う。

だって、それがゴールじゃないから。そこからがスタートだから。

 

我が家の場合で言うと、就学相談の人達の判定は「支援学校」だった。

だけど、運動会の様子を見るに、私達の選択(公立の支援学級)は間違っていなかったと腹の底から言える。

 

就学相談に乗っていただける行政の方々は、さも「あなたのお子様のため」的なアプローチでくるので、彼らが勧める選択肢が正義!と思ってしまいがちだ。

だが、待てよ。と私は言いたい。

人は、人との関係性のなかでいくらでも変化していくものだ。

それは大人でも子どもでも。

 

これまでの臨床の成果か、事例のお陰かで予測できる部分もあるかもしれないけれど、その子の能力や可能性を、就学相談チームの人達の独断で判断されたくないと心底思う。まして、会って数時間の人達だ。何の文脈も共有していない、名前も顔も知らない、ただ、資格があるだけの人達。こちらもあくまで参考意見として聞いておくだけでいいと思う。

 

だから、改めて過去の自分に言いたいのは「あなたが自分の子どもを一番見ているのだから、あなたが決めたことはある一定以上正しいよ」ということ。

そして、どんな環境を選んでも、やっぱり先生との出会いは運任せなところがある。

だから、入ってみないと分からないよとも。

 

就学先はひとつのゴールだけど、むしろ、始まりなのです。

どんなところを選んでもOK。そこから頑張ろうね!ということを伝えたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自宅で療育」の難しさ

我が家の療育スタイル

・月に3回土曜日朝10時~13時までお昼持ちの個別~小集団の療育に2年前から通っている。ここでは運動プログラム+個別学習が中心。

・金曜日にはソーシャルスキルトレーニングに重点を置いた放課後デイサービスへ通っている。

・自宅では絵カードとひらがなのマッチング課題、自分の名前のなぞり書き課題を併せて15分ほどの学習時間を設けている他、運動も平均して週に2~3回ぐらい、ふっきんやスクワットなどの簡単なものをやらせている。あとは自分で食べた食器は片づけをさせることは習慣づけるようにしている。

・自宅でやる場合、出来た課題にシールを貼るなどの見える化している。

いつやっているか

息子が学校から帰宅し、おやつを食べてひと息つき、夕飯を食べる前、見たいテレビプログラムの前に、テレビが見えることをごほうびにしながら「これをやったら見れるよ」という感じで促している。

最初は「僕頑張る」と言っていたのだが、今週はなかなかやりたがらず。

スクワットやふっきんなどをちょっと頑張らせてみたものの、「やりたくない!」と爆発してしまう始末。あやうくまた奇声を上げてパニックを起こしかねない状態に。

させたくないものの、「習慣が人を作る」という言葉に怯える

本人がやりたくないものでも、少しでも頑張らせるという経験を積ませることは大事だと思う一方、本人がやりたくないものをどこまで強制力を働かせながら頑張らせればいいのか分からなくなる。

結局本人が「やりたくない」と言ったところで辞めてしまうこともあるので、「駄々をこねればやらなくていい」という誤学習にもつながっている気がするし。。。

きっとそういう場合は、回数を減らしてでも、本人に本当に少しだけ頑張らせる、あくまでも親が主導で辞めさせるという態度は崩してはいけないんだろうなと思うものの…。意志を強固に持つというのは、言うは易いが行うは難しなんである。

それでも「明日はできるかもしれない」と信じることなのか…

ここで親が匙を投げてしまったら、息子の成長は止まってしまう。

できなくても、くよくよしない。明日はきっとできると信じること。

こんな風に自宅療育の難しさと葛藤している。

 

 

 

気が滅入る時は深呼吸しよう。

昔は毎日泣いていた。今はほとんど泣かない。

障害のある子どもを育てていると、楽しく豊かな時間がある一方で、ものすごく気が滅入る時もままある。

というか、障害受容が進んでいなかった時はむしろ毎日が辛くて、毎日泣いていた。

療育へ向かう車を運転している時(ひどい泣き顔を隠すためにサングラスかけてた)、夜子どもが寝静まったなかでパソコンでfacebookを見ている時とか「子どもがこんな絵を書いてくれました」「ひとりで文字が書けるようになった。すごいね!」とかそういったコメントを読んでは、我が家とのほど遠い差を感じて、泣いていたり。

見なきゃいいのに、読んじゃったりして。むしろ泣きたいから読むんでしょ?と自分にツッコミを入れたくなるぐらい、毎日泣くことが日課みたいな。

 

が、そういう落ち込む日々を過ごすと、いつのタイミングかであまり泣かなくなる。

それは、障害児との子育てに終わりがないことにようやく気づくから。

泣いて終わりがくるのであれば、いくらでも泣くのだけど、泣いても終わらないことを自覚していくので、そこからは割と泣かなくなってくる。

 

すると不思議と、人と比べなくなり、自分の子育てを肯定できるようになってくる。

息子との日々が面白いなと感じられるようになったり、穏やかで落ち着いている息子の顔を見ると、感謝の気持ちすら湧いてくることだってある。

そうはいっても地雷はそこかしこにある

ただ、それは「落ち着いて穏やかな」息子の時に感じること。

まだまだ条件付きでしか、息子の自閉症特性を肯定できていない自分に気づく。

そう思ったのは今日の学童の付き添いの時。

小学校のプールが始まったのだが、息子が行きたくないと大騒ぎして、奇声&自傷オンパレードで乱れたのだ。

前日の夜に事前に告知もしていたし、その時は「うん、僕頑張る」と言っていたのに。

もしかしたら無理していたのかもしれない、その時は真剣に頑張ると思っても、いざ目の前にプールに行かなくちゃという現実に目を向けた時に嫌になっちゃったのかもしれない。なのだが、耳をつんざくような奇声と、それに伴ってこちらを叩いて抵抗してくる息子と向き合うのは、なかなかに辛い。

 

そんな時に、定型発達の子どもが普通にプールバッグを抱えて、暴れて乱れている息子の横を通り過ぎるのを見ると「どうしてうちの子どもは普通のことができないんだろう」の「どうして?どうして?どうして?」ループに呑み込まれていく。

 

そういう時だ、鼻の奥がツーンとなり、自然と涙が流れ落ちてきそうになるのは。

ただ、ぐっと我慢する。大人だから。絶対に人前では泣かない。

泣くなら自分ひとりの時だと決めている。

地雷はそこかしこに潜んでいるのだ。

 

東田直樹さんの本の一説に救われる

飛び跳ねる思考」のなかにこんな一説がある。

苦しくてたまらなくなると、空を見上げます。

目に飛び込んでくるのは、抜けるような青空と白い雲です。

見ている僕はひとりぼっちなのに、世界中の人とつながっている気分になります。

自然はどんな時も、人々に平等です。そのことが僕の心を慰めてくれるのです。(中略)

つらい気持ちは、どうしようもありませんが、ひとりではないと思える瞬間が、僕を支えてくれます。

 

これを読んで以来、泣くのを我慢する時、空を見ながらすーーーっと深呼吸するするようになった。鼻から思い切り息を吸って、ゆっくりと時間をかけて吐いていくと、気持ちが落ち着くようになった。

 

9月が始まり、2学期になると運動会の練習等でまたしんどい時期が来るだろう。

その時に、私の心が強くならないと、息子のことは支えられない。

深呼吸&鍛錬で、乗り越えたいと思う。